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エンジニア

engineer(エンジニア) = 技術者

英和辞典で調べると、エンジニアの和訳は“技術者”と書かれています。
一般的には、機械・電気・土木・建築などの技術者、
科学上の専門的な技術をもち、それを役立たせることを職業とする人という意味です。

私はこの『エンジニア』という職業に深い思い入れがあります。

その話の前に、先日の2000年ノーベル化学賞受賞者・白川英樹氏の講演の続きです。

・・・・・・・・・

ノーベル賞のメダルの表側は、アルフレッド・ノーベルの横顔になっています。

ノーベルは遺言で前の年に人類に大きな貢献をした人にこの賞を与えるということで、
物理学賞、化学賞、生理・医学賞、それから文学賞、平和賞を創りました。

色々ないきさつがあったようで、実際には与えられたのは1901年からです。
そして、1902年にこのメダルが最初にデザインされたのだそうです。

裏側は意味の深いモチーフが描かれています。

2人の女神が描かれていて、1人は雲の上でベールをかぶった女神で、これは自然の女神です。

もう一人は科学の女神で、ベールを剥ぎ取ろうとしています。

自然を明らかにする行為が科学であるということなのだそうです。

化学賞、物理学賞は多分同じデザインが1902年から延々と続いているそうです。

白川氏はここで、科学と技術の違いについて述べました。

科学(science)とは、自然をより良く知ろうとする知的好奇心による探究の営みである。

技術(technology)とは、自然と共存するための知識を得る方法や手段である。


白川氏は、自身を科学者であると付け足しました。


・・・・・・・・・

白川氏は「科学と技術はきっちりと線引きされるべきだ」と主張しました。

科学者は「己の知的好奇心により、自然(それ以外の分野も含む)を探求する者」であり、
知的好奇心がモチベーションとなっています。
一方、技術者は「自然と共存するための知識をもち、それを役立たせる者」であり、
人・社会への貢献がモチベーションということになります。

注意すべき点は匠・熟練・職人はtechnicianであり、
ここで言う『技術者』とは若干違うということです。
現在の日本語において『技術』という言葉には、
匠・熟練・職人の業というニュアンスが含まれているように感じます。

私はその点を明確に区別するために、
「自然と共存するための知識をもち、それを役立たせる者」を『エンジニア』と呼びます。

エンジニアリング(工学)とは科学と技術を繋ぐ架け橋であり、
科学知識を、ある物を作り出したり、
ある事を実現させたりするための方法・システムへと変換することです。


したがって、
『エンジニア』とは「科学知識を、人や社会をより良くするための方法へと導く者」なのです。



私は『エンジニア』になりたい

科学知識を応用して、人や社会をより良くするための方法を実現できるエンジニアに
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セレンディピティー

セレンディピティー(serendipity )
偶然と賢明さによって、求めているわけではない物事を発見する才能


昨日、10月8日は私の通う学校の創立90周年記念日でした。
記念講演会では、2000年ノーベル化学賞受賞者の白川英樹氏が講演なさいました。

白川氏は導電性高分子の発見と発展に寄与した功績により、ノーベル化学賞を受賞しました。

実用化した用途として、リチウムイオン電池やアルミ電解コンデンサーなどが、
携帯電話の電池に利用されています。
これらは第一世代の応用と呼ばれています。

導電性高分子の第二世代の応用として最近注目されているのは、有機EL、
有機LED、有機太陽電池、有機トランジスタなどです。

ここに紹介した以外にもたくさんの用途や今後の発展が期待される分野があります。

以下に、白川氏が導電性高分子を発見するまでの過程を要約します。

研究テーマはアセチレンが重合してポリアセチレンになる反応の仕組みを明らかにすることでした。

高分子の反応は奇妙な反応で、一寸した条件の違いでずいぶん違ったものができてしまいます。
こういったことを含めて、反応の仕組みを明らかにしたかったのです。
反応には触媒が必要で、チーグラー・ナッタ触媒の一種を使っていました。

研究生の人がたまたまポリアセチレンの合成実験を経験しておきたいと言ってきたので、

手順を教えてやってもらったが、何らかの手違いで大量の触媒を使ってしまったのです。
それまでは粉みたいなものしかできなかったのに、
そのときはフィルムのようなものができたのです。
おそらく、触媒の量が多かったので、反応が急速に進み、
触媒溶液の表面に膜をつくったのでしょう。
ともかく、黒いフィルムができました。

………

これが導電性高分子の元だったわけです。

その後、導電性を検証するために難解な物理化学の理論の問題に取り組まれたり、
計算のためのプログラムも自分で組んだりしたそうです。

そこで、白川氏はセレンディピティーという言葉を引き合いに出されました。

偶然と必然

それは、偶然をきっかけとして、
賢明な努力を重ねることで必然的に素晴らしい発見をするということだと思いました。



この講演を聞いて、私はΦ型人間を連想しました。
エキスパートとして『専門分野以外の知識を統合し、自分の分野に応用できる人間』のことです。

白川氏は物理化学の理論やプログラミングの知識を統合し、
自らの専門分野である高分子化学に応用したのです。


ところで、2000年のノーベル化学賞には3人の受賞者がいました。

白川氏とHeeger氏(物理学者)、MacDiamid氏(化学者)の3人です。

Heeger氏は固体物理学という学問領域を研究している方です。
MacDiamid氏は無機化学を主として勉強され研究されてきた方です。
白川氏は高分子化学者であり、同じ化学でも、無機化学であり有機化学であるわけで、
今までの縦割りの学問領域では全然別の領域の研究をしていたことになります。

3人を共通項でくくると、「物質科学」という領域になります。
物質科学は、物理学や化学や生物学にもまたがる総合科学です。
物質科学は、新しい物質を作る、評価をする、それで利用する、
そういうことをカバーする新しい学問です。

学問分野とは、『道』の名前です。
白川氏らが開拓した『道』に「物質科学」という名前が付けられたのです。



自分のやりたいことを実現するために、専門以外の分野の知識を統合する。

パイオニアとは、既存の分野を極めるのではなく、己の『道』を開拓する人です。

「専門分野以外の知識を統合し、己の『道』を開拓する人間」


パイオニアとエキスパートの本質的な違いを考えさせられました。


キャリアに関する道を歩もうとしている私が、ノーベル化学賞受賞者のお話から、
大きな発見をしたこの経験もセレンディピティーなのです。

ノーベル賞と比べられるような発見ではありませんが(笑)

decision

「今日の昼食はどうしよう?」

なんてことを考えながら、先日読んだ本を紹介します。



「『決める』ということは、次の時点で起こり得るか、起こすかする選択肢がいくつかあるとき、次の時点でそのことが生じる蓋然性(あることが実際に起こるか否かの確実さの度合い。確立)を考え、それまでの選択肢のそれぞれに割り当てられていた蓋然性を一つだけ残してあとはゼロにし、ただ一つの選択肢の蓋然性を1(100%)にすることである。」

『決定学の法則』(畑村洋太郎著) より


『失敗学』の提唱者であり、東京大学名誉教授の畑村洋太郎氏の著書です。

失敗、つまり見えている結果から結果に至る道筋を探っていく『失敗学』は、
時間を逆戻りさせる「逆演算」の考え方です。

そして、物事を決める道筋、「順演算」の考え方である『決定学』は、
失敗学の対となる考え方です。

決定の種類には以下の3つがあります。

(1)単純決定 もともと選択肢が一つしかなく、「やる」か「やらないか」のどちらかを決断するもの。

(2)単純選択 一つの結節点に集まっている選択肢のうち一つだけを選ぶもの。

(3)構造選択 多くの結節点があり、それぞれの結節点に複数の選択肢があって、
          一つの結節点ごとに一つずつの選択肢を選び、
          全体として一つの道筋の構造を定めてゆくものです。



(1)は「Go」or「No-Go」の決断です。
例えば、昼食を「食べる」か「食べない」を決めることです。

(2)はいくつかの選択肢の中から一つを選ぶことです。
例えば、「昼食に何を食べるか?」がこれにあたります。
「オムライス」か「ラーメン」か「カレー」か・・・を選択することです。

(3)は少し複雑ですが、要は「昼食に何を、何処で食べるか?」を定めてゆくことです。
昼食を「A食堂」で「ラーメン」の「しょうゆ味」を食べるというように選択してゆくことです。

通常、『決定』には、この3つは複合して含まれています。


「なんとなく」

やっていることにも、ある制約条件の下で、こうした『決定』を行っているのです。

私はこの中で、(1)が一番重要だと思っています。

なぜなら、「やる」か「やらない」の決断に時間がかかるということは、
著しく生産性に影響を与えるからです。


選択肢のメリット・デメリットを考えたり、最適な計画を練ったりすることには意味があります。

しかし、「やる」か「やらない」を迷うことに意味はありません。

「失敗したらどうしよう」

「やらなきゃいけないけど、面倒だな」


ということをいくら考えていても、物事は何も良くなりませんし、進展もしません。

確かに時間の経過でしか解決できない問題はありますが、
そのときにはきっぱり「やらない」と決断すべきです。

成功と失敗を分ける一つ要素は、この「決断」のスピードといっても過言ではありません。

そして、「決断」のスピード以上に重要なのは『責任』です。

「決断」をするのは自分です。その結果の『責任』を負うのは当然です。

成功と失敗を分けるもう一つの要素は、『責任』です。

「結果がうまくいったかどうか」ではなく、失敗してもそれを自分の責任だと認め、
「後悔」ではなく、「省察」することで、次の結果に繋げることができます。


逆に、他人に責任を押し付ける人は、自分の失敗を認めず、また同じ失敗を繰り返すでしょう。

日々の『決断』と、その結果を受け入れる『責任』、
そして次に繋げる『省察』が自己の成長となるのです。



だから、私は後悔していません。

ブログを書くために、昼食を「食べない」と決断したことを・・・(泣)

ベクトル

人は誰でも『ベクトル(矢印)』を持っています。
vector:大きさと向きをもつ量

ベクトルとは向きと大きさを合わせた概念です。
ここでは数学的な定義については言及しません。


人が持つ『ベクトル』とは夢や目標に向かう気持ちです。
理想とするもの(ゴール)に到達するためには、方向とその大きさが重要です。


これは、個人だけでなく企業や組織、社会についても同様です。

個人のベクトルが重なり合って、企業や組織、そして社会のベクトルが決定します。


それはまるで、魚の群れが水の流れを作り出すようなイメージです。

この流れの中では、自分が泳いでいるのか、それとも流されているのかわかりません。

自分が泳いでいることを確認するためには、
その流れから飛び出すか、流れよりも速く泳ぐしかありません。

その流れの中にいると、いつしか流れから外れないために、
となりの魚よりも速く泳ぐために泳ぐ魚がでてきます。

はじめは、自分の目的地にたどり着くために泳いでいたにも関わらず・・・


受験戦争や出世競争のようにひとつ流れの中で泳いでいると、
自分の『ベクトル』を見失いやすいと思います。
偏差値の高い学校に入るため、権限のあるポストにつくために泳ぐことが目的ではないはずです。


流れのままに泳ぐことは楽ですが、
私は自分の行きたい場所に向かって泳ぎたいと思います。

そして、周りの魚たちとそれぞれの行きたい場所を話し合い、
自分たちの『ベクトル』に合った流れを生み出したいと思います。


そのためには、自分の『ベクトル』をしっかりと持ち、
人の『ベクトル』を感じ取るセンスを磨く必要があります。


今はまだ川の中の小さな流れかもしれませんが、そこから海に飛び出し、
水平線の向こうの目的地へたどり着くために、大きな流れを生み出したいと思っています。


・・・いや、今はまだ水槽の中かな(笑)
プロフィール

KOU.

  • Author:KOU.
  • 1981年生
    高等専門学校、大学院にて機械力学・制御工学を基礎とした振動制御に関する研究を行う。

    2006年
    某人材紹介会社入社
    エンジニアの転職サポートを志し、人事から求人ニーズをヒアリングする企業担当を経験。
    自動車、家電、半導体、精密・計測器、化学業界、総合商社など各企業の人事から採用ニーズを直接伺ってきた経験を活かし、第二新卒からエグゼクティブ層まで、これまでに1000人以上のビジネスパーソンに対してキャリアカウンセリングを行っている。

    [KeyWord]
    人材ビジネス/人材紹介/経営/人材開発/組織論/人事/CHO/HR/キャリアディベロップメント/カウンセリング/コーチング/MBA/MOT/技術経営
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